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掌編

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転嫁

 中学二年生の伊田陽介は、夏も終わろうというある日、いじめを苦にして線路に飛び込んだ。遺書をしっかりと遺した、仕返しの意味を込めた自殺だった。

 闇に包まれた視界が晴れたとき、彼は自分が病院にいることに気づいた。彼の魂はまだ現世に生きていたのだ。だが、その体は陽介の物ではなく、彼をいじめていた同級生の男子、濱喜一のものであった。

 なぜ喜一になってしまったのか。

 喜一の両親の話を聞くうちに、一つのことがわかった。陽介が自殺したのと同時刻に、喜一が交通事故に遭ったらしい。そして、喜一の魂の代わりに、陽介の魂が喜一の体に入ってしまったようなのだ。

 それまでの貧弱な体から一転して逞しくなった陽介は、喜一として新しい人生を歩み始めた。最初は戸惑いだらけで挙動不審な面を多々見せたが、次第に慣れ、生活も安定しだした。喜一がつるんでいた同胞達は、彼の体に陽介が入っていることなど、もちろん気づいていない。

 気分がよかった。今まで自分に危害を加えていた者達が頭を下げてくる。陽介の中に、大きな優越感が生まれた。

 彼は思いきって、前々から片思いを寄せていた同級生の女子に告白した。うまくいく自信があった。そしてその自信通り、彼女からはokの返事が来た。

 強靱な体躯を手に入れ、念願の恋人を手に入れ、陽介にとって一切文句のない生活が続いた。そんな頃、彼のクラスに一人の転校生、志村武斗(しむら・たけと)がやってきた。武斗は外見のいい正義漢として、瞬く間にクラスメイトの人気を得た。

 転校生の人気ぶりを快く思わないのは陽介だ。彼は子分格の同級生を使って、武斗を男子トイレに呼び出した。一発くらい殴って、自分の支配下におさめようと考えたのである。だが実際は、一発も当てられないまま武斗に返り討ちをくらった。所詮、陽介は陽介であって喜一ではないのだ。喜一の経験豊富な喧嘩術を、彼は受け継いでいなかった。

 その一件で、陽介は仲間からの信用を完全に失墜させた。「ウドの大木」と囁かれるようになり、周囲からの目が冷たくなった。恋人にも振られ、周りには誰もいなくなった。

 陽介は登校拒否をし始め、家に閉じこもった。だが、家が安住の地であるとは限らない。一日中家にいると、「情けない」と言われて兄に殴られた。

 いつの頃からか、陽介は毎日外を放浪するようになった。放浪しながら、武斗への報復を考えた。自分を見舞った不幸の全てを、武斗のせいにした。奴を滅多打ちにすれば自分の信用が回復する、と信じていた。

 しかし、今自分が頼れるものは何もない。自分で何とかするしかない。陽介は雑貨店でペティナイフを買い、武斗を電話で神社に呼び出した。

 夜、指定時刻通りに、武斗が一人で神社に現れた。陽介は問答無用で武斗を刺した。倒れた武斗を見、勝利感と恐怖が同時に湧いてきて、陽介は神社から逃げた。興奮やまぬまま家に帰って、さっさと寝た。

 翌朝、陽介は中学校に久しぶりに登校した。学内が騒がしい。武斗の受けた傷害事件の話で持ちきりだ。

 「傷害事件」、陽介は耳を疑った。殺したはずなのに、噂は「傷害事件」なのだ。武斗は死んでいない。陽介の中を恐怖と焦燥感が埋め尽くした。

 学校に警察官がやってきた。陽介に同行を求める。陽介はパニックに陥り、警官を振り払って逃げようとしたが、咄嗟に出た拳が警官の横っ面に当たり、公務執行妨害および傷害で現行犯逮捕された。

 裁判を受け、陽介は少年院に送還された。すると、車椅子に乗った武斗が面会に来訪した。彼は陽介の心の弱さを指摘し、怒りを吐き、帰っていった。

 陽介は質素すぎる部屋に寝そべりながら、考えるようになった。人を憎む立場にいた自分が、人から憎まれるようになったのはなぜか。なぜ自分は、喜一の体に入ってしまったのか。

 いつしか陽介は、いるとも知れない神を心底憎むようになっていた。

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