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仇討ち

 愛しい人が殺された。


 わたしは前を睨みながら、拳銃の銃口を向けながら、胸の高鳴りを感じた。眼前には、ニット帽をかぶり革のジャケットを着込んだ若い男が立っている。怯えたように、でもまだこちらを威嚇するように。廃屋となったホテルの一室で、壁に背中をくっつけている。

 ついにこのときが来た。わたしはうちに渦巻く憎しみと、これを晴らせる喜びを同時に感じていた。わたしから最愛の人を奪ったクズに、わたしの絶望をぶち当てるんだ。彼の無念を晴らすんだ。彼は、どうしようもない男にただ殺された。裁判では3年程度の懲役が「妥当」とされた。わたしの悲しみは3年で癒えるか? 彼の無念は3年で晴れるか? 犯人は3年で聖人のようになったか? 否、否否否――。

 「んだよ! てめえ、んなことしてただで済むと思ってんのか!?」

 パンッ、と乾いた音が鳴る。わたしの撃った弾は男の右肩を貫いた。男が悲鳴を上げて肩を押さえたところで、再び引き金を引く。男の両肩が血で染まった。続けて右足、左足……わたしは声を発さずに撃ち抜いた。

 男が床にうずくまり、転がり、悶えた。立つこともできない、這うこともできない、抵抗することのできなくなった自分の身を男が悟るまで、そう長く待つことはなかった。男の顔に強い恐怖の色が浮かんだ。

 「なんだってんだよ、このクソアマ。なんてことするんだよ。何なんだよ」

 疑問ばかり。

 「くそ、くそ、畜生!」

 泣きながら悪態。

 醜い。なんて醜いんだろう。わたしの中から喜びが消え、代わりにどうしようもない気持ち悪さが生まれた。あまり口を開きたくないけれど、何か言わずにもいられない。

 「あんたは人を殺したでしょ?」

 わたしの言葉に、男は眉根を寄せた。

 「だから何だよ」

 瞬く間にわたしの頭に血が上った。男の右太ももを狙って撃つ。男がまた悲鳴を上げて無様に転がった。

 「あ゛ー! 畜生ー! イテェ……助けてくれェ。俺は知らねェ。もうムショ入ったじゃんかよォ。なんでこんな目に遭うんだよ、チクショー」

 命乞い、悪態、命乞い、悪態、そして――

 「悪かった。俺が悪かった。もうしないから、助けてくれ」

 命惜しさの謝罪。

 パンッ――

 男の額に穴が空き、そこからどす黒い液体が流れ出す。男は目を開けたまま動かなくなった。もう何も言わない。命乞いも、悪態も、謝罪も、何一つ。

 右手を降ろし、わたしは天井を仰ぎ見た。仇討ちが終わったというのに、わたしの心は全く晴れなかった。わたしが聞きたいのは、命乞いでも悪態でも謝罪でもなかった。男に苦しんで欲しかった。そして悔やんで欲しかった。でも男は悔やまなかった。被害者のために悔やまなかった。全てが自分のため。結局男は何も変わらなかった。死ぬ瞬間までずっと。

 気持ち悪い。

 わたしは口を手で押さえた。こみ上げる吐き気と、全身を包む気持ち悪さ。仇討ちは、新たな被害者が出るのを防いだかもしれない。でも、わたしには何もいい効果をもたらさなかった。気持ち悪い。気持ち悪い、気持ち悪いよ……。

 「アア、アアア!」

 カチャ、という金属音。わたしは自分のこめかみに銃口を突きつけ、引き金を引いた。

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